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『ふれる。の、前夜。』著・岡田麿里

『ふれる。の、前夜。』

著・岡田麿里

終わりというもの

 終わりのないことなんて、きっとない。

 終わってほしくないことは、ただのセンチメンタルだか

ら。今日は確かにあるけれど、明日もあるかはわからない。

 そして。終わらせなきゃいけないことはある。厳然とし

て、ある。

秋の滑走路

「おいおいおい、ちんたら走ってんじゃねーぞ優太?!」

「諒が遅れたんでしょ! あ、秋。靴紐ほどけてる!」

「え、あ

「結んでるヒマねーよ。ほらもう、泰三さん来てる!」

 港へとつづく緩やかな砂利道を、秋と諒、優太は駆け下

りていく。

 砂利は朝の陽ざしで白く浮かびあがり、青空との対比で

滑走路のよう。走っていると飛び立てそうな錯覚。その先

に停泊しているのは、あちこち赤錆びたフェリーだ。乗り

こむための板を渡す泰三さんに、諒がぶんぶんと手を振る。

「すんませーん、すぐ行きまーすッ!」

 この島には小学校しかないため、現在高校二年生の秋達

は、中学生の頃からフェリーで内地まで通っている。彼ら

がここまで急ぐのには訳があった。フェリーが出るのは朝

に二回、昼に一回、夕方に二回。朝の初回はもう行ってし

まったため、このフェリーに乗ることができなければ、遅

刻どころか休み確定になってしまう。

 秋はとりあえず走ってはいるが、心のどこかで『乗り遅

れてしまいたい』と思っていた。そうすれば、ここにはい

ない『もう一人の友達』に、寂しい思いをさせずにすむし。

(だけど、だからって、走らないわけにいかない)

 走るのは、自分達のためではない。この時間に乗る爺さ

ん婆さんが、病院の予約時間やら俳句やフラダンスのカル

チャースクールやらに遅れないためだ。

 なにしろ泰三さんは、下手をすると三十分は余裕で秋達

を待ってくれる。出生率がべらぼうに低いこの島では、未

来を担う子供達の出席日数を守るのも大人の仕事らしい。

 今日も無事に間に合ってしまった三人を乗せ、フェリー

はゆっくりと出発する。

 騒々しいほどに輝く水面や、点在する島の緑を満喫しよ

うともせず、三人はいつもじめっと風通しのよくない後方

の席に座る。

 秋達以外には婆さん一人と、女子高校生が一人乗ってい

た。どの顔もよく見知っているからこそ、とりたてて挨拶

もしない。誰にも必ず自分が座る席があって、互いの領域

は侵食しない。

「そういや、お前。どうすんだよ。一年の、なんだっけ。

笹川?」

「どうするって、どうもしないよ」

 秋は先週末、今まで話したこともない一年生の女子に告

白されていた。と言っても基本、秋は諒や優太以外の生徒

とは話さないのだが。

「え、また? 先月もされてなかった? 告白」

「くそ、なんで秋ばっかり! やっぱあれか、タッパ

か!?」

 秋はもともと身長が高い方ではあったが、高校に入って

からぐっと伸びた。

 顔つきはまだ子供らしさが残り、声も変声期を終えてい

ないかのような優しさがあるが、それでも幼い頃の秋は今

とは確実に違う。

身長で好きになるような女、そもそも嫌だよ」

「おーおー、勝者の余裕」

「でも、わかんないよ。話してみたら、良い子かもしれな

いじゃない」

 優太の言葉に、秋はわずかに顔をゆがめる。その様子に

気づいた諒が、秋の肩に軽く手をおいた。反対側からは、

優太が。二人の手がふれたとたん、秋の心がほどける感じ

がした。

『だとしても何考えてるかわかんない奴なんて、恐ろ

しくて好きになれないよ』

『ああまあ、無理するこたねぇよ』

『そうだね、無理しないでいい』

 軽口はたたいても、本音が伝わればいつも茶化さず受け

入れてくれる。『あの出来事』以来、秋はこの心優しい友

人達にいつも助けられていた。

 秋は、今まで異性を好きになったことはなかった。彼女

の必要性も、まったく感じていない。諒と優太と、そして

──島で待つ、彼がいるから。

 

漁師と諒氏

っしゃ、おらぁあああ!!」

 諒達の手を離れたバスケットボールは、するりとネット

へ吸いこまれていく。

 華麗に得点をいれた諒に、チームメイトが「すげぇ」

「リアルスラダン」などと集まってくる。諒は両手を上に

あげ、うんうんと何度も頷きながらアピールをする。

 秋や優太とは違い、諒には社交性があった。見た目はそ

こそこだが、がさつでそこまでの強敵にはならない塩梅が

ちょうどよく、合コンなどの人数あわせに彼を呼びたがる

友人もいた。

 しかし『本妻二人がくっついていて離れない』と。

 選手交代。体育館の壁に背中をつけ水を飲む諒のとなり

に、友人の一人が座った。

「諒。お前、もったいないよなぁ。いろいろ」

「んー、そうか?」

 中学生の諒は、バスケ部のエースだった。他県の強豪校

からスポーツ推薦の誘いもあったが、島から一番近い高校

に進学した。漁師である父親のあとを継ぐためだ。

 朝は魚を市場へ出荷する手伝いで、部活の朝練に参加で

きない。放課後は翌日の漁の準備と、秋の面倒をみる係も

少々。部活をやっている暇などないのだ。

 すでに将来が決まっていることに、諒はなんの疑問も持

っていなかった。そもそも名前の由来からして、将来は揺

るぎようがなかった。

「医者やセンセイって呼ばれる人らはよ、なんたら氏って

呼ばれるんだよ。お前も、偉い漁師になれ。諒氏って、漁

師。な?」

 酒を飲みながら、真っ赤な頬で嬉しそうに語る父親は、

お世辞にも頭の出来はそこまでよくない。でも諒は、海と

格闘して家族を養う父親を尊敬していた。

「なあ、諒。俺の彼女のことなんだけどさ」

 友人は、あっさり話題を変える。諒にとって、秋と優太

の考えはよくわかるが、他の奴らはいまいち計りかねると

ころがある。

「お、彼女できたんか? 俺の知ってる奴?」

「一昨日から付きあいはじめてさ、一年の笹川」

「え、笹川って

「やっぱ知ってんのか? お前のツレに、告白したって事

実?」

 ふられて一週間で、もう別の男か。優太が「良い子かも

しれない」と言っていたが、どちらかと言えば『フットワ

ークの良い子』だったようだ。

「あー、まあ、よく知らねぇけど」

 曖昧に答えると、友人はふうっと息をついた。

「お前のツレ、悪く言うのもなんだけどさ。一年の時同じ

クラスだったけど、とっつきにくいんだよ。ガキの頃やば

かったって噂も聞いたことあるし」

ああ、まあなあ」

 過去の秋は、それなりの問題児だった。

 いつもムスッと仏頂面、思わぬタイミングでカッとなり、

すぐに手が出る乱暴者諒と優太も、正直、秋からは距

離を置いていたのだ。

『あの出来事』が起こるまでは。

 結局、お互いを知ってしまえば、秋は純粋で口下手なだ

けだった。秋の身長が180を超えた今でも、ときどき子

供と喋っているように感じる。

 友人でありながら、弟のようでもあり。支えなければ危

なっかしい存在でもあり。

(あいつ、俺らがいなかったらどうなるんだろうな

 そこで、ピーッと笛が鳴る。「諒、戻って!」とチーム

メイトが叫ぶ。 

「とりあえず、決めてくっか」

 いつも三人の中で、最初に足を踏みだせるのは諒だ。軽

く反動をつけると、諒はコートへと走り出していった。

優太とスニーカー

「あれー、ヤキ。いいスニーカー履いてるなぁ」

 朝のざわつく教室。スマホで洋服のサイトを眺めて時間

を過ごしていた優太は、クラスメイトに声をかけられた。

 そりゃそうだ。先週末の販売開始日に、わざわざ内地ま

で行って並んで買ったのだ。ネット販売もされる予定だっ

たが、店舗のほうが確実に手に入るとの情報があり、深夜

から待機したとびきりの戦利品だ。

「俺が今履いてんのと交換しない? けっこう高かったん

だぜ、値段同じくらいでしょ」

 優太の表情筋が、自分の意思とは関係なく引き攣る。

 定価の問題じゃない。有名ファッションブランドとのコ

ラボで、転売サイトでは三倍以上の値段がついているこの

スニーカーと、大量に流通されてセール価格になっている

そのスニーカーとを交換しようなんて。知っていてわざと

言っているのかもしれないが、この悪びれない様子だとそ

うでもなさそうだ。

(いつの時代を生きてるんだよ、こいつは

 呆れる優太だが、無理やりに笑顔を作ってみせた。

「考えてもいいけど、靴のサイズ25だよ」

「え、うそ!? だめだ、どうしても入らんわ」

「お前、27だっけ」

 クラスメイトは、あっさりと引き下がってくれた。やは

り、悪意のないアホだったようだ。

 足のサイズが小さいと、いいこともある。

 女子のスニーカーも履けるし、女子にしては大きく男子

にしては小さいためサイズが余っている可能性も高くなる

し、今日のように無自覚なスニーカー狩りから華麗に回避

もできる。

「おしゃれさんだもんな、ヤキ。今度いい情報あったらく

れよ」

「うん、了解」

(おしゃれさん、かふうん)

 優太の頬は、意識せずに緩んだ。

 優太は、クラスメイトには「ヤキ」と呼ばれていた。

 背が低く太めだった優太は、小学五年生で『とんぺい焼

き』とあだ名をつけられ、そこから中学二年生で『焼きニ

キ』になり、最終形態として『ヤキ』で落ち着いた。当た

り障りない響きだが、そこにいたるまでの過程が気に入ら

ない。

 高校に入ってヤキとおさらばできるかと思いきや、島出

身の誰かによってクラスメイトらに知られてしまい、あっ

という間に復活してしまった。

 不名誉なあだ名は、学校生活に影を落とすことがある。

それでも優太は、高校でも目立つ秋と諒と仲がいいことで、

立ち位置のようなものがそれなりに保たれていた。

 二人の友人は、優太にないものをたくさん持っている。

 秋はすらっとした美形で、諒はワイルド。見た目だけな

ら好みの問題はあるだろうが、秋に軍配があがる。しかし、

諒には社交性があった。すべてを総合すれば諒だろう。

 そして優太は、だいたいにおいて二人に劣っているとい

う自覚があった。勉強だけは二人より多少できるものの、

五十歩百歩だ。

 だからこそ、少しでも二人に勝てるところを見つけたい

と優太は思っていた。

 とりあえず中学生になってから、激しくダイエットをし

た。洋楽を聞き、本を読み、そしてファッションに興味を

持った。優太にとって興味深いジャンルだったのもあり、

秋も諒も無頓着なところを狙ったというのもある。

 かといって、二人に対して嫉妬や劣等感があるわけでは

ない。むしろ二人と仲良くなってから──さらに『あの出

来事』があってからの優太は、自分を肯定することを覚え

た。

 優太の友人達は、本当に、裏表なく心優しいのだ。

 最初は戸惑った。優太の母は保険のセールスをしていた

のだが『よそ様は、腹の中じゃ何を考えてるかわからない』

というのが口癖だった。

 それが、彼らはまったく違った。なんなら、腹の中の方

が綺麗で優しいくらいだ。

 優太は、彼らと並んでも見劣りしない自分になれると信

じた。二人ともそれを応援してくれたし、褒めてもくれた。

 秋と諒は、優太をヤキと呼ぶことはなかった。

 ちらりと思うことすら、絶対になかった

彼らの事情に、ふれる。

 放課後、秋達は学校裏の本屋で待ち合わせをして、その

ままフェリー乗り場へ向かった。

 夕方の一回目の便を乗り過ごしてしまえば、島にはない

ファーストフードやゲーセンやらで寄り道をする。それは

仕方なくだ。

 三人はいつも、なるべく早めに島に帰りたいと思ってい

た。

 堤防で、ごろんと寝転がって食っちゃべったり。秋の家

でゲームをしたり。とくに何をするわけでもないが、友達

が待っているから。

 フェリーは高校生のグループが三組と、用事をすませて

帰る老人が数名で、普段よりは混んでいる。ぬけぬけとし

た夕陽で逆光になる内部。三人がいつもの席へ座ろうと後

方へ移動すると、窓際に先客がいた。

 缶チューハイを飲みながらくつろいでいる、赤黒く日焼

けした中年男。一目見て、秋の表情が変わった。

「あ

「おお? なんだ、秋じゃねぇか。またでかくなったか?」

 秋に気づき、なれなれしく話しかけてくる男。

 男は、島の人間ではなかった。秋の父親が建設業に携わ

っていたときの同僚だが、今では健康食品のセールスをし

ていて、時おり島にやってくる。秋の母親は飲食店でバイ

トをしているが、強引な売り込みをするということで愚痴

をはいていた。

 諒や優太も、秋の異変にはすぐ気づいた。

「でかくなったなぁ、なんだお前。ほら、お前も飲むか?」

 軽く身構える秋の背中に、諒がそっと手をふれる。

『秋、あっちに行こうぜ』

『うん

 三人は席を移動しようとするが、男はフェリー全体に響

くような大きな声をかけてきた。

「母ちゃんと父ちゃん、ようやく別れたんだってなあ!?」

 ぴくっと秋の背中がゆれる。諒は慌てて、秋の背中をと

んとんと叩く。

『ほっとけ、相手にするな』

 しかし男は、さらに追撃をかけてくる。

「何年も前から、くっついちゃ離れちゃしてたもんなぁ。

そんなんでだらだら続くより、とっとと終わらせた方がい

いんだってそ、なんだって終わりってのは来るんだか

らよ」

「! なんだって終わりが」

 思わずぽつりと、秋は繰りかえす。しかし、男には届い

ていないようだ。

「母ちゃん、一人で寂しいだろ。おじさんが店、遊びにい

ってやるって伝えとけ」

 秋から、すっと表情が消えた。男に向かって数歩を前に

踏み出す。

「秋!?」

 優太の叫びとともに、「きゃああっ」と乗りあわせてい

た女子高生から声があがる。秋の右手は、男の襟元をつか

みあげていた。

「ひいいっ!?」

 男の喉から、間抜けな声が漏れる。

「やめろってば、秋!!」

 そのまま殴りかかろうとした秋を、諒が後ろから羽交い

絞めにし、優太が男とのに間に割って入る。先ほどまであ

きらかに怯えていた男は、援軍にホッとしたのかぐいと前

に出る。

「やんのか!? やってやるよ、ガキが!!」

この」

 抑えつけられた手をふりほどこうとした秋に、諒と優太

の声が届いてくる。

『すいません、ここは平和的になんとか収めて

「こんな歯糞みてぇなおっさん、放っておけって!」

「はぁ? 歯糞だとぉ!?」

『諒、心の声のほうが出てる!』

「やべ!!」

 彼らはなぜ、お互いを無条件で『心の綺麗な、良い奴だ』

と信じきっているのか?

 他者からは奇妙に感じるほどに、信頼を寄せあっている

のか?

 それは、比喩ではなく。事実として、『心がふれあって

いる』から。

 彼らは、言葉にしなくても互いの『心の声』が聞こえる

のだ。

 それを発動させるには条件がある。どこでもいい、体の

一部がちらと触れあっていること。そうすれば、相手の考

えがダイレクトに脳裏に響いてくる。

 こんなトンデモな状況になったのは、『あの事件』があ

ったから。

 彼らが不思議な存在――ふれる、に出会った。あの夏の

日。

 そこに、ダダダダッ。背後のドアから、大きな茶色の塊

が突進してきた。

っ、てぇえええ!」

 男の足首辺りに、それは激突した。男はその場にしゃが

み、何が起こったのかと足元を見る。フェリーの椅子の陰

に――中型犬ほどの大きさのある、ハリネズミのような動

物がいた。

「なんだぁ、こいつは?!」

 怯えて、椅子の上に飛び乗る男。秋達も驚きの声を心で

あげた。

『ふれる!?』

『なんでここにいるんだよ!?』

 ふれるはいつも、秋の家のほとんど使われていない納屋

で暮らしている。納屋と言っても、秋達が絨毯やらいろん

なものを運びこんで、居心地は快適だ。しかし今日は、滅

多に納屋によりつかない秋の父親が、たまたま扉を開けて

しまっていた。ふれるは納屋から抜け出して、フェリーに

乗りこんでしまったのだ。

「うわぁ、バケモンだッ?!」

 男はわめきまくる。座席で死角になり、他の客達からふ

れるは見えていないようで「なに?」「ハリネズミって言

った?!」などとざわついている。

『大丈夫。気づいてんのは、おっさんだけだ』

 秋はカバンの中から、ズタ袋をとりだす。慌ててはいる

が、動作自体は慣れている様子だ。ふれるの身体からは長

く太い針が全体に飛び出していて、容易にはふれられない

ため、移動させる必要があるときはいつもこれに入れてい

る。

 ふれるを回収し終えると、今度は諒が背中のリュックを

開いた。やたらと大きなリュックにずぼっと押し入れる。

手慣れた一連の動作がクライマックスまできた、そのタイ

ミングで泰三さんがやってきた。

「お前ら騒がしいな、どうしたよ?」

「どうしたもこうしたも! こいつらが、やべぇバケモン

を連れこんでんだよ!」

 しかし、諒と優太はしらばっくれた。

「おじさん、ダイジョブ? 飲みすぎじゃない?」

「はあ!?」

「酔ってて、何か見間違えたんじゃないですか。えっと、

たしか水持ってたはず

「なんだ! おい、お前! カバンのなか見せてみろ!」

しかし諒は、大げさに『困ったなぁ、なおかつ、弱った

なぁ』という顔を泰三さんに向けた。泰三さんは軽く手を

シッシッと動かして、秋達にこの場を去るよう指示を出す。

 フェリーの前方へ向かう秋達に、男は憤慨して叫ぶ。

「おい、逃げるのかお前ら! 人を馬鹿にしやがって

俺は、確かにこの目で! 見たんだからなあッ!」

ふれたい秋

「このめでえっ、みたんだからなぁあああ!」

 諒の誇張の激しい男の真似に、秋と優太はあははと笑っ

た。

 堤防に腰をかけて、隣りにはふれるがいて。まだ落ちき

らぬ夕陽が、青春アニメのワンシーンのように海面を輝か

せる。

「あのおっさん、ビビり散らしてたな。ふれる最強説じゃ

ん」

 ふれるは、ふんふんと鼻を鳴らしている。秋は笑顔を見

せる。

「かばってくれて、ありがとう。ふれる」

 ふれるは、島の民話に出てくる不思議な動物だ。

 ──遠い昔、島は飢饉に見舞われた。痩せた土地で作物

がとれず、生活は漁業に頼っていた島の人々だが、海が荒

れてまったく魚が取れなくなったのだ。

 協力しあって生きていかねばならないところを、人々は

疑心暗鬼になり、その疑いが膨れあがって争うようになっ

た。

 そこに現れたのが、この不思議な生き物。ふれるだ。

 ふれるは、人の心をつなげる力を持っている。

 ふれるにつなげられた人々は、嘘や上辺だけの言葉がつ

かえなくなる。本音で接することによって互いへの疑いが

消え去り、一つになってこの島の危機を乗り越えたと──

 その、不思議な生き物に。彼らはあの夏、出会ったのだ。

 ふれるの瞳はくるりと丸く、空と海のグラデーションを

そのまま映していた。

 あの夏の秋達は、ふれるをかくまってこっそり育てるこ

とに決めた。想像上の生き物がそこにいれば、自分達の手

から奪われてしまうだろう。下手をすれば処分されるかも

しれないと考えたのだ。

 実際に一度、近所の老人に見つかってしまった際には、

腰を抜かされて大騒ぎになった。その時も見間違いと言う

ことでおさめだのだが、同じ言い訳はしょっちゅう使える

ものじゃない。

 でも、ふれるはそれでいいんだろうか。

「寂しかったのか?」

 ふれるは、きゅるっと目を動かした。

 機嫌がいいのだけは伝わってくるが、ふれるは表情に乏

しいため、感情まではわからない。

 秋は、いつも思っていた。ふれるを撫でることができた

ら、どんなにいいだろう。だけど、大きな針に阻まれてそ

れはかなわない

『撫でることができたらふれるの考えが、流れてきた

りするのかなぁ』

 両サイドにいる、諒と優太の指の先。ちらと自分の指を

ふれさせながら、秋は思った。

 しかし、答えは返ってこなかった。

 たまにこういう事があるが、三人の中では『通信状態が

よくない』という結論に達していた。伝えたいことだけで

なく、黙っていたいことも相手に伝わってしまうからこそ、

答えが返ってこないのに意図があるとは考えにくい。

 そう、本来なら。こんな状態はきっと争いを生みかねな

いのだ。

 相手の気持ちがわかって、隠しごとができなくて。醜い

気持ちも、恥ずかしさも、無理やりにすべてをさらけ出す

なんて。

 彼らだから、よかったのだ。

 秋も、諒も、優太も。心から思っていた。あまりに良い

奴らすぎて、秋などは自分が恥ずかしくなることもあるけ

れどそれでも、皆がお互いを受け止めあっていた。

 性格もバラバラで、得意なこともバラバラ。それなのに

三人にとって、秘密の共有はすべてプラスに働いていた。

 ふれるという存在よりも、むしろそちらの方が奇跡だと

秋は思っていた。

「ふれるは最強だし、俺達も最強だよね」

「おい! 何いきなり、恥ずかしいことぬかしてんだよ!」

『でも、俺もそう思う』

『俺も』

 そして、さっきの男の発言から。なんとなく引っ掛かっ

ていたことを、秋は思った。

『ずっと一緒にいたい』

「おい、また恥ずかしいことぬかし!」

『ぬかしてないよ、思っただけ』

まあな。俺も、そう思う』

『俺も』

 夕日が沈み、今日が終わっていく。

 顔を見あわせて、照れ臭そうに笑う秋と諒、優太。その

横で、ふれるは小さく鳴いた。

 表情から気持ちは読み取れないけれど、暗くなっていく

あたりのなかでふれるの瞳は、一番星のように控えめに、

それでも意思をもって輝いていた──

続・終わりというもの

 終わりのないことなんて、きっとない。

 でも、それは──俺達には、適用されないんじゃないか?

 相手を間違いなく理解して、そのうえでお互いを認めあ

う俺達には。終わってほしくないことだって、俺達だった

らただのセンチメンタルでは終わらせない。

 そうだ。終わらせなきゃいけないことなんて、ないんじゃ

ないか。

 お互いの心に、ふれている俺達には